デルフト工科大学は、国際化に向けて必死に思える。工事現場であるキャンパスのmain axis「Mekeleweg」を横目にふと考えた。メカノーによる新しいキャンパスランドスケープが今年度中にも竣工する、そのコスメティックな政策だけでそう思ったのではなくて、建築学部のプログラム自体にもその波が打ち寄せてきている。受験シーズンが全米からEUへと移るこの時期には、都合のよい話題なのかもしれない。

風の便りでご存知のひともいるかもしれないけれど、今年のSpring semesterからMVRDV、Winy MaarsがMasterプログラムに事実上Facultyとして参入した。2008-2011年の4年間のプロジェクトということ。受験生にとって、一目をおく情報だとしたら、大学側としてはしてやったりということになる。こうしたスターアーキテクトをお呼びして、客寄せパンダのような政策を振りかざしてきたのは、かの全米のトップスクールだった。現在、ヨーロッパ大陸国(イギリスと区別する意味で)でもその動きが生まれつつある。とりわけデルフトにフォーカスしてみると、いくつかのマイルストーンを見出すことができる。先ず、皮切りとして、1999年のボローニャ宣言で、ヨーロッパ全土で大学のシステムが一変した。Bachelor3年、Master2年の計5ヵ年プログラムを共通のフレームにしようというものだった。目的は、EU内のモビリティーを高めること。学生は自国にとどまらず、卒業まであちこちの大学で好きなプロジェクトに専念する。実際に留学している人なら体感していると思うけれど、ここデルフトでも、本当にセメスターが変わるごとに、新しいEUの学生がExchange studentとして流れてくる。しかも大量だ。もちろんinternational studentであっても、「Athens」という制度をつかって、短期で好きな大学へ行ける。個人的には、どれも好ましい状況だけれど、オランダの大学群はこの政策をさらに世界へいち早く押し広げた国として知られている。英語によるMaster programmeの設立だった。イギリス以外に、ヨーロッパ大陸国で英語でMasterが学べるのは、とりわけ建築スクールにおいては、現在でも限られている。ETHでも、ドイツ語と英語の混在が続いているし、ヘルシンキ工科大学ではテスト段階としてのinternational programmeがあるのみで、英語によるMasterの学位取得は基本的に難しい。フランスではあきらかにフランス語だし、ドイツではドイツ語。もちろん、いくつかの大学では、英語による建築Master programmeは出始めてはいる。ただ現状として、その国の言語に精通していることが、Masterの前提条件であること、これに本質的な変革はまだみられていない(学部により異なる。MBAはことさらEU内でも英語によるMasterが基本となっている)。そうした中、デルフトは、英語による建築Master programmeを2002年から本格的に導入した。EU内のみならず、アジア、中東、そしてアメリカやカナダからも学生が流れてきた。建築学部は、現在、ETH、MITそしてBerlageと公式な関係を築いている。ちなみに、BerlageがAmsterdamからRotterdamへ移ってきたのはDelftとの連携を強めることだということは、現地でよく知られている話である。NAiはメインスポンサーでもあり、世界への発信へは事欠かない。そうした流れを受けて、スクールの核を明らかにしたのが2004年に発足したDSD(Delft School of Design)だった。これは、学部創設100周年と折り重なる記念碑的な出来事だけれど、対アメリカ、対イギリスを見据えた上での国際化への宣言ともいえる。実際、誰が買うのかわからないような、分厚いDSD本を3冊も世界へ一度に発売した。Advisery Boarding membersにも知る名前が並ぶ。Pinceton からBoyer、Cooper UnionからVidler、HarvardからHays、そしてBusquet、LSEからSociologistのSojaなどが連ねる。Faculty membersにも変化が現れた。FrettonがHarvardからやってくる。Jo CoenenがChief Government Architectからデルフトに就任、Claus en Kaan、Michiel Riedijkも2006、2007年から参入した。そして、今年、MVRDVとくる。随分賑やかになってきた。ちなみに、WinyはBerlageのnew diverse leadership strcutureにより、deanの一人としても兼任している。デルフト自体、Berlageと折り重なっているので、やりやすいのだろうけど、こうなってくると、デルフトのnew leaderへスポットが当たりそうなきもしてくる。現在は、Wytze Patijn(恐らく誰も知らないと思う)が2006年以降指揮をとっている。彼は現在60歳、オランダの建設省で勤務したあと、2000年にRotterdamで建築事務所を開設。建築から都市計画まで携わったいわば、「オランダ向け」のDeanである。ここだけ、まだ国際化のメスが残されている。一時期このDeanについてデルフトの機関紙「B-Nieuws」で特集されたことがあった。



おもしろかったのが、学生自体、このDeanの顔さえ知らず、名前も覚えていない人が多かったという結果だった。全米のスクールでは信じられないような話だけれど、ここらあたり、アメリカの姿勢とヨーロッパのそれとの違いが浮き彫りになってくる。つまり、アメリカはエリート主義で、ヨーロッパは平等主義により大学が考えられているという最新のB-Nieuwsの記事だった。これはちょっと興味深かったので終わりに記してみる。全米のapplicationのselection processはとてもcompetitiveであることは知られている。倍率は何十倍ともいわれる。そして、tuitionも破格。対してヨーロッパは全般的に(一部のトップ大学は抜かして)門戸を開いている。tuitionもアメリカにくらべると本当に安い。自国の学生には授業料をとらないこともめずらしくない。この側面は、schoolのprogrammeにも影響しているというのが記事の中核になっていた。デルフトにもどすと、アメリカと比べて「マス教育」化しているというものだった。実際3,300人の学生が建築学部に所属している。そして、全般的に学生の平均値を高めることが、教育の普及という点で第一の目標とされる。卒業後、オランダの建築学部では、国家公認の建築家としての資格が与えられることもあって、この平均的な「質」を高めることは教育の平等といった国策と折り重なって映る。この点で、アメリカと大きく隔たりを感じる。どちらが良いかは、本人次第だけれど、おもしろいものが生まれそうな気分は、どうやらアメリカ(イギリスも一部ふくまれそう)に分がありそうな気もする。「おもしろい」というのは、世間的な意味であって、自分にとって「おもしろい」かどうかは、また別問題だからこまったもの。自分の追いかけたいものが決まっている人は、どこへいっても実りある留学生活を送っていることは事実。もちろん、アメリカ、ヨーロッパとカテゴライズする意味ではなく、デルフト工科大学がこうしたヨーロッパ的な平等教育からトランスフォームしている「Internationalism」の最中にあることだけは伝えておきたいと思う。